NakamuraEmi 「いつかお母さんになれたら」を科学する
この曲との出会い
今回の科学するシリーズは、”NakamuraEmi”さんです。彼女との出会いは、冷え込んだ夜の日、空腹で駆け込んだラーメン屋さんでした。
バンドマン時代、リハーサルスタジオ付近のラーメン屋巡りをしていました。
その日寄ったラーメン屋さんの店主さんはかつてバンドマンで、
ラーメンの温度よりも熱い音楽トークをしていたところ、「NakamuraEmiってアーティストがキテる」とのことで、聴き始めたのを覚えています。初めて出会った曲は「Don't」と言う曲でした。
サウンドを科学する
まず、彼女の楽曲の大きな特徴、アコースティックを基調としたバンドサウンド。時には荒々しい”かき鳴らすような”キレのいいギターサウンド。そこにベースやドラム、時にはピアノ等のバンドサウンドが彼女の歌を支えています。
もともとはJ-POPをモチーフとしたシンガーソングライターでしたが、活動していく中で、HIPHOPやR&B、レゲエやジャズなどと言った音楽からインスピレーションを受けたそうです。
彼女のプロデューサーである「カワムラヒロシ」氏のアレンジ力もさることながら、それに負けじとする言葉のパワーも、彼女の魅力でしょう。
そして今回科学する曲は、メジャー後4本目のアルバム「NIPPONNO ONNAWO UTAU Vol.6」から「いつかお母さんになれたら」です。
イントロはギターとピアノ、そしてパーカッションでゆっくりと心に染みるようなメロディから始まります。メロディの作りは、何処と無く懐かしいような、耳馴染みのいい歌い方。
間奏のスキャット(Lalala~♪)は、民謡や民族音楽のようなメロディワークで、歌詞と併せると、いろんな場面を想像できる、受け手次第でいろんな表情を見せる構成ですね。
彼女が淡々と喋りかけるようなパートでは、ギターのアルペジオとパーカッション。パーカッションが”時計の針の音”のようで、物語の進行とともにダイナミクスさを増します。
基本的には単調で、音量の強弱以外は写り映えしない、地続きのような曲です。が、それがこの曲なんだと思うのです。劇的な展開だとか、ドラマチックなフレージングがない。だからこそ、彼女のメロディやメッセージが心に染み入る。
物語の主人公が思い描いている未来は、劇的なものではなく、平坦な幸せなのでしょう。それをしっかりと表現されている曲だと思いました。
「いつかお母さんになれたら」のメッセージを推論する
歌い出しは主人公の回想から入ります。保育園の先生だった頃、園児から「お母さんに毎晩絵本を読んでもらっている」と言う話を聞き、「優しい声とともに、いろんな絵本を読んでもらっているんだね」とある種、羨望のような感覚を抱いたのだと思います。
それに対して、「だから〜」と始まります。
だから私もいっぱい絵本は読んであげたいんだ
自分がお母さんになったら、その面白い園児のように、自分の最愛の子供が
たくさん笑顔で過ごせるように、成長できるように、我が子の”これから”を想像し、育児に対する姿勢を語りかけます。
映画もいっぱい見せてあげたい
ホラーは苦手なので、一人で見てもらいます。
あくまでも”お母さんにも苦手なことがあるんだよ”と言うことを敢えて語る主人公。特に強がるわけでもなく、赤裸々に、対等に語りかけます。
運動も沢山やって損はなかったから 君がやりたいものがあったらいいな
スケボーは是非一緒にやりましょう
やりたいことはさせてあげたい。
大きくなったら一緒にいっぱい遊ぼうね。
だからすくすく育ってほしい。そんな印象を受けます。
私はすごくわがままだから 君も友達とぶつかるかもしれないね
アドバイスは下手だから その時は一緒に悩みましょう
自分に似たら苦労するだろうなあ、と言う不安もあります。
でも、大きな問題もしっかり支えるから、乗り越えて成長していこうね。
私がネガティブでビビリだから 色々楽しくできるように仕掛けてあげたいです
でも失敗した分だけ かっこよくもなれます
自分の悪いところは似て欲しくないから、良い所は伸ばしてあげたいし、悪いところも補えるように仕掛けてあげよう。
でも、悪いところがあっても、悪くないんだよ。いっぱい転んで、いっぱい強くなってほしい。いっぱい泣いて、いっぱい笑ってほしい。そんな母の想いが綴られています。
音楽好きな可能性は大きいです それは私のせいではありません
ハワイアン好きなおじいちゃんと なんでも歌にしてしまうおばあちゃんのせいです
自分のルーツを思い返し、自分の子供もそうなるだろうなあ、と予想する主人公。
いろんな想いを歌に乗せ、未来の子供へと託すような詞となっています。
希望や期待だけでなく、ところどころ”お母さんの弱さ”も歌っている印象。そこがまた、歌詞に人間味を帯びさせていると言うか、リアリティのある構成になっています。初めて聞いたときは、2回くらい泣きそうになりました。
なんちゃって
と続いていくこの曲。なんちゃって、と言っても冗談でした。と言うわけではなく、
「妄想です」と続き、アラフォーになり、もう自分には子供ができないかもしれない、と現実に戻ります。そこがまた、なんとせつない。
”友達が生んだ可愛い赤ちゃん”を見て、やはり思うところがあるのでしょう。それが「いいなあ」と言う羨望の感情だったり、「わたしにはできないかもしれないな」と言う後ろ向きな感情もあるかもしれません。
母が私を産んだ 痛みや気持ちは 一生わからないかもしれない
近年、未婚で出産をしない女性も統計的に増えているそうです。NakamuraEmi本人も、そのうちの一人なのかもしれません。
女性は子供を産む機械、だとかで炎上した政治家がいましたが、世間的に言うとやはり”未婚”や”子供がいない”と言うのは、悲しいことにレッテルになってしまいます。だからこそ、当人は自分を責めてしまう。
でも彼女のメッセージはここにあります。
そしたらその分
誰かをたくさん撫でてあげよう
奇跡を優しく抱きしめてあげよう
年齢やその他の事情で、子供を産めない女性はたくさんいらっしゃいます。
でも自分を責めることはないのです。お母さんと同じ痛みや苦しみは一生わからないかもしれないけれど、その分の優しさを、他に向けてあげよう。それでいいんだよ、と言う
彼女自身へのアンサーソングなようにも読めますし、同じ状況にいる女性への応援ソングにも読めますね。
曲は平坦な分、歌詞は一気にどんでん返しをする。だからこそ、人が心を奪われる。感動のナンバーになっているのだと思います。
さいごに
アルバム名にある通り「日本の女を歌う」NakamuraEmi。女性のための、女性の歌を強く、時には荒く、華々しく歌い上げる彼女。
今までの楽曲は”奮い立たせるような”メッセージが多いように感じていましたが、この曲を聴いて、ますます彼女の人間臭さを感じました。
”強く生きる女”だけでなく、”優しく生きる女性”をテーマとした当アルバム。
NakamuraEmiの多様性や、メッセージの豊富さを実感し、また、たくさん感動できる仕上がりになっていました。特に女性の方に聴いてもらいたいし、女性を理解するために男性にも聴いてもらいたい。そんな1枚のアルバムです。
おわり